ポーランド体制転換論 −システム崩壊と生成の政治経済学−



【著 者】 田口雅弘(たぐち まさひろ)
【書 名】 『ポーランド体制転換論 −システム崩壊と生成の政治経済学−』
【出版社】 御茶の水書房
【出版年】 2005年
【 ISBN 】 4-275-00375-6


 


【概 要】
 本書は、ポーランドにおける体制転換の理論と実際のプロセスを、現代経済史と政治経済学の視点から分析する。具体的には、(1)ポーランドの社会主義経済体制が崩壊するメカニズムの解明、(2)新しい経済システムが形成されるプロセスの実証的分析、(3) 体制転換プロセスで生じた諸課題の理論的整理、を行う。すなわち本書は、ポーランドにおいて従前のシステムがどのように崩壊し、どのような理念と理論に基づき体制転換がデザインされ、どのような移行プロセスを経て、いかなるシステムに移行しようとしているのかを、理論と実践の両面から明らかにする試みである。
 本書ではまず、1970年度の改革が行き詰まり、体制が動揺する過程を分析する(第1章)。つぎに、体制内改革の限界とシステム自体の崩壊過程を理論的に明らかにし(第2章)、続いて国際環境の変化と抜本的改革に向けた取り組みを整理する(第3章)。第二部では、策定された体制転換プログラムをまず検証し、ショック療法をめぐる論点を整理する(第4章)。つぎに、新しいシステムの生成を政治変動と経済変動の関連を中心に分析する(第5章)。そして、新しいシステムの生成を、国営企業民営化と四大改革を中心に分析する(第6章)。さらに、新しいシステムの生成過程で生じた歪みの問題を、失業問題に集中して分析する(第7章)。最後に、体制転換の理論と実践に対する評価を試みる(第8章)。
 本書の特徴は、1989年に始まるポーランドの体制転換と新しいシステムの生成過程を、現代経済史と政治経済学の視点から分析していることである。すなわち、経済システムを、ある時期に限って静態的に切り取って分析するのではなく、約30年のスパンでとらえ、システムが変化していく過程を描くことによって、システムの持つダイナミズムとその限界を表現している点である。この経済史的アプローチに政治経済学的アプローチを組み合わせることによって、体制転換・移行期の諸問題をより鮮明に描くことができると考える。
 そうした作業を行うための枠組みとして、著者のオリジナルな視点である現代ポーランド経済の「歴史の連続性と非連続性」という枠組みと、「3つの革命と8つの挫折」という視点を提示している。「歴史の連続性と非連続性」は、第一次世界大戦以降、政治・経済体制が資本主義から社会主義、そして社会主義から資本主義へとドラスティックに変化していく中で、この全く異なった経済理論に立脚し異なった到達目標を持った3つの体制を、一貫した視点から描くためのフレームワークである。また、「3つの革命と8つの挫折」は、ポーランド現代経済史を構造的に把握するための基本的視点であり、ポーランド現代経済史が提示する普遍的な政治経済学の諸問題を際だたせる視点である。様々な政治・経済・社会的諸課題は、3つの体制を貫いており、必ずしも体制の切れ目と関わりなく継続または断絶している。したがって、こうした歴史的に連続性(あるいは非連続性)を持つ諸課題への理解なしには、政権または国民が既存の、または新しい体制を通じて何を実現しようとしているのかを理解することができないだろう。経済史的アプローチが現状分析にとって重要である理由は、まさにここにある。
 つぎに、本書における社会主義体制崩壊メカニズムの理論も、著者のオリジナルである。伝統的システムのベーシック・アーキテクチャ改革にもともと限界があったという点に基礎を置く独自の理論は、少なくともポーランドの体制崩壊を説明する上では有効なツールとなると考える。
 実証分析の面では、1970年代の債務累積のメカニズムを明らかにした点、1980年代の戒厳令下での改革が手詰まり状態になっていく過程を明らかにした点、体制転換プログラム(バルツェロヴィチ・プラン)の源流を明らかにした点、「円卓会議」の成果ばかりでなく桎梏を指摘した点、体制転換の政治過程と経済過程の関連を分析した点、失業問題を独自の手法とデータで分析した点、などがオリジナルな点である。




【目 次】
まえがき
序論 体制転換への経済史的アプローチと政治経済学的アプローチ

第T部 ポーランド社会主義経済システムの崩壊

第1章 体制内改革の試み −社会主義体制動揺のプロセス−
 1.ゴムウカ政権の崩壊
 2.ギエレク政権の誕生と新しい経済戦略
 3.初期における経済の急速な成長
 4.経済成長の失速と債務累積のメカニズム
 5.経済危機の深化と「連帯」運動の高揚
 6.戒厳令
 7.1980年代の体制内改革

第2章 体制内改革の限界 −社会主義経済体制崩壊のメカニズム−
 1.体制内経済諸改革の試み
 2.「伝統的」システムのベーシック・アーキテクチャ
 3.改革モデルとその導入
 4.改革の循環系と改革後退のメカニズム
 5.プラットフォームの硬直性と体制内改革の限界

第3章 抜本的改革の試み −「円卓会議」から非共産党政権樹立へ−
 1.1990年代の政治・経済状況
 2.円卓会議
 3.1990年代の国際環境 −「ワシントン・コンセンサス」−
 4.非共産党政権の成立

第U部 ポーランド資本主義経済システムの生成

第4章 ショック療法 −体制転換の理論と実践−
 1.新しい政治・経済システムの模索 −ベクシャク・プログラム−
 2.バルツェロヴィチ・プラン
 3.バルツェロヴィチ・プランの源流と思想
  a. バルツェロヴィチの幼年時代から青年時代
  b. バルツェロヴィチ・グループ報告
  c. 体制内改革の挫折から体制転換論へ
 4.ショック療法をめぐる諸問題
  a. 初期条件
  b. 安定化、自由化、制度構築
  c. マネタリスト的手法とシステム論的視点
  d. ラジカリズムかグラジュアリズムか
  e. 民主化と経済発展
  f. 転換不況

第5章 新しい体制の模索 −政治変動と経済変動の相互依存関係分析−
 1.政治的変動と経済的変動の概要
 2.移行期の諸段階
  a. 「連帯」政権の成立とショック療法(1989−1991)
  b. 中道政権の混乱と転換リセッション(1991−1993)
  c. 左翼の台頭と経済回復(1993−1997)
  d. 「連帯」勢力の結集と四大改革(1997−2001)
  e. 左翼の復権・右翼の台頭(2001−2004)
 3.政治変動と経済変動の相互依存

第6章 新しい経済システムの生成
 1.国営企業民営化
 2.四大改革 −新しい政治・経済制度の模索−
 3.新しい国家の役割

第7章 システムに生じた新たな歪み −失業と失業率をめぐる諸問題−
 1.ポーランドの失業問題
 2.失業者数をめぐる問題
 3.失業の基本構造

第8章 ポーランド体制転換の評価
 1.バルツェロヴィチ・プランがなぜ支持されたか
 2.ワシントン・コンセンサスはポーランドにとってコンセンサスだったか
 3.ポーランドにおいてショック療法はなぜ成功したか
 4.新たな歪みはなぜ生じたか

結び


【著者略歴】
1956年生まれ。1984年ワルシャワ中央計画統計大学(SGPiS―現在のワルシャワ経済大学:SGH)経済学修士学位取得、卒業。1988年京都大学大学院経済学研究科博士課程後期単位取得満期退学。1988年日本学術振興会特別研究員(東京大学社会科学研究所)。1990年岡山大学教養部助教授。1992年ハーバード大学ヨーロッパ研究センター(CES)客員研究員。1993年ポーランド科学アカデミー(PAN)客員教授。1994年岡山大学経済学部助教授。

書評:田中宏『立命館経済学』、第54巻、第2号、pp.153-158.; 吉野久夫『アジア経済』、XLVII-4、2006.04、p.88.; 家本博一『ロシア・ユーラシア経済』、No.896、2007.02、pp.43-49.; 津久井陽子『比較経済体制研究』、第13号、2006.12、pp.111-116; 家本博一『社会経済史学』、第72巻第4号、2006、pp.117-119.