【概 要】
本書は、ポーランドにおける体制転換の理論と実際のプロセスを、現代経済史と政治経済学の視点から分析する。具体的には、(1)ポーランドの社会主義経済体制が崩壊するメカニズムの解明、(2)新しい経済システムが形成されるプロセスの実証的分析、(3) 体制転換プロセスで生じた諸課題の理論的整理、を行う。すなわち本書は、ポーランドにおいて従前のシステムがどのように崩壊し、どのような理念と理論に基づき体制転換がデザインされ、どのような移行プロセスを経て、いかなるシステムに移行しようとしているのかを、理論と実践の両面から明らかにする試みである。
本書ではまず、1970年度の改革が行き詰まり、体制が動揺する過程を分析する(第1章)。つぎに、体制内改革の限界とシステム自体の崩壊過程を理論的に明らかにし(第2章)、続いて国際環境の変化と抜本的改革に向けた取り組みを整理する(第3章)。第二部では、策定された体制転換プログラムをまず検証し、ショック療法をめぐる論点を整理する(第4章)。つぎに、新しいシステムの生成を政治変動と経済変動の関連を中心に分析する(第5章)。そして、新しいシステムの生成を、国営企業民営化と四大改革を中心に分析する(第6章)。さらに、新しいシステムの生成過程で生じた歪みの問題を、失業問題に集中して分析する(第7章)。最後に、体制転換の理論と実践に対する評価を試みる(第8章)。
本書の特徴は、1989年に始まるポーランドの体制転換と新しいシステムの生成過程を、現代経済史と政治経済学の視点から分析していることである。すなわち、経済システムを、ある時期に限って静態的に切り取って分析するのではなく、約30年のスパンでとらえ、システムが変化していく過程を描くことによって、システムの持つダイナミズムとその限界を表現している点である。この経済史的アプローチに政治経済学的アプローチを組み合わせることによって、体制転換・移行期の諸問題をより鮮明に描くことができると考える。
そうした作業を行うための枠組みとして、著者のオリジナルな視点である現代ポーランド経済の「歴史の連続性と非連続性」という枠組みと、「3つの革命と8つの挫折」という視点を提示している。「歴史の連続性と非連続性」は、第一次世界大戦以降、政治・経済体制が資本主義から社会主義、そして社会主義から資本主義へとドラスティックに変化していく中で、この全く異なった経済理論に立脚し異なった到達目標を持った3つの体制を、一貫した視点から描くためのフレームワークである。また、「3つの革命と8つの挫折」は、ポーランド現代経済史を構造的に把握するための基本的視点であり、ポーランド現代経済史が提示する普遍的な政治経済学の諸問題を際だたせる視点である。様々な政治・経済・社会的諸課題は、3つの体制を貫いており、必ずしも体制の切れ目と関わりなく継続または断絶している。したがって、こうした歴史的に連続性(あるいは非連続性)を持つ諸課題への理解なしには、政権または国民が既存の、または新しい体制を通じて何を実現しようとしているのかを理解することができないだろう。経済史的アプローチが現状分析にとって重要である理由は、まさにここにある。
つぎに、本書における社会主義体制崩壊メカニズムの理論も、著者のオリジナルである。伝統的システムのベーシック・アーキテクチャ改革にもともと限界があったという点に基礎を置く独自の理論は、少なくともポーランドの体制崩壊を説明する上では有効なツールとなると考える。
実証分析の面では、1970年代の債務累積のメカニズムを明らかにした点、1980年代の戒厳令下での改革が手詰まり状態になっていく過程を明らかにした点、体制転換プログラム(バルツェロヴィチ・プラン)の源流を明らかにした点、「円卓会議」の成果ばかりでなく桎梏を指摘した点、体制転換の政治過程と経済過程の関連を分析した点、失業問題を独自の手法とデータで分析した点、などがオリジナルな点である。
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