関口時正東京外国語大学名誉教授、プルス『人形』の翻訳で第69回読売文学賞(研究・翻訳賞)、第四回日本翻訳大賞を受賞

 

2018415

 

ボレスワフ・プルス (),‎ 関口時正 (翻訳)『人形 (ポーランド文学古典叢書) 未知谷、2017 年。(ISBN: 4896427076)

 

 

説明: Macintosh HD:Users:taguchimasahiro:Desktop:IMG_0538.jpg 20182月、ボレスワフ・プルス『人形』を翻訳した関口時正東京外国語大学名誉教授が、第69回読売文学賞(研究・翻訳賞)を受賞しました。また、20184月には、第四回日本翻訳大賞を受賞しました。

 本書は、NPO法人「フォーラム・ポーランド組織委員会」が企画する≪ポーランド文学古典業書≫の一冊として、2017年に刊行されました。この企画は、ポーランド広報文化センターが後援・出版助成し、未知谷から刊行されているものです。

 

 プルスは、ポーランドがまだ独立を回復する前のワルシャワで育った小説家で、学生時代は一月蜂起(1863-64)に参加しました。その後、学校を退学し、ワルシャワの冶金工場で働くなど、当時の社会の中で苦労を経験しています。のちに、新聞などに評論などを書き、当時の進歩的な知識人に大きな影響を与えています。「人形」は、1887–1889年に、ワルシャワの日刊紙Kurier Codziennyに発表された長編小説で、1880年代実証主義文学の最も円熟した作品と言われています。

 

 イザベラ・ウェンツカは、当時の没落しつつある貴族階層の令嬢で、「人形」のような美しさと気品を持った女性でした。イザベラ嬢に心を奪われたのは、露土戦争 (1877-1878)で財を成した商人スタニスワフ・ヴォクルスキでした。イザベラの父は、貴族の暮らしを守るためにヴォクルスキと結婚するようにイザベラを諭しますが、イザベラは商人との結婚をなかなか受け入れることができません。ヴォクルスキの愛と苦悩は、当時のワルシャワの歴史と社会の変化を背景に、さまざまな登場人物との触れ合いを織り交ぜながら展開していきます。

 

 この小説は、1870代後半のワルシャワを舞台に、実業家でありながらロマン主義も体現するヴォクルスキ、没落貴族の家庭に育ちながら、気高さと貴族の血筋に固執するイザベラ嬢、そして小市民、科学者、ユダヤ人、ドイツ人などが、当時の世相や思想を体現する形で登場します。この小説を通じて、当時のワルシャワの雰囲気をあたかもタイムスリップしたように感じることができます。しかし、この作品は、ポーランドへのノスタルジーを感じる人にしか理解できない小説ではありません。人間の生に対する苦悩、文化や社会の変化と人間の葛藤など、普遍的な課題をプルスは懐の深い眼差しで描いています。イザベラに対してさえもそうです。そうした意味で、この小説はポーランド文学の最高峰の一つであると同時に、一流の世界文学と言っても過言ではないでしょう。ロシアを描いたトルストイやドストイェフスキーの作品が世界文学として愛読されているのも、それらの作品の持つ普遍性が世界の読者の心をとらえるからですが、『人形』にも同じような普遍性、奥深さがあると言えます。

 

 この小説が、関口氏によって翻訳されたことも、Lalka(『人形』)にとって幸運でした。読みやすい文体でありながら、プルスの筆使いをしっかりと伝えるセンス、当時のワルシャワの社会や日常を知り尽くした者だけが伝えることができる空気感、文学としての重厚感が伝わる日本語力の確かさ、どれを取っても一流の翻訳と言えます。この作品が、長く日本の読者に愛され、世界名作選の一角を占めることを期待したいと思います。

 

フォーラム・ポーランド副代表 田口雅弘

 

ポーランド大使館、ポーランド広報文化センター支援事業で刊行されたポーランド関係叢書は、次の通りです:

 

ポーランド文学古典叢書

1 ヤン・コハノフスキ(関口時正訳)『挽歌』 未知谷、2013年。

2 アダム・ミツキェーヴィチ(久山宏一訳)『ソネット集』未知谷、2013年。

3 アダム・ミツキェーヴィチ(関口時正訳)『挽歌』 未知谷、2014年。

4 ボレスワフ・プルス(関口時正訳)『人形』 未知谷、2017年。

 

ポーランド史叢書

1 福嶋千穂『ブレスト教会合同』群像社、2016年。

2 白木太一『[新版]1791年5月3日憲法』群像社、2016年。

3 梶さやか『ポーランド国歌と近代史 ―ドンブロフスキのマズレク』群像社、2017年。

 

ポーランド声楽曲選集

1 小早川朗子、寺門祐子、平岩理恵編『ポーランド声楽曲選集 1 ショパン歌曲集 (ポーランド声楽曲選集 1)』ハンナ、2014年。

2 関口時正、小早川朗子編『ポーランド声楽曲選集 2 ポーランドのクリスマス聖歌 12のコレンダ (ポーランド声楽曲選集 2)』ハンナ、2015年。

3 重川真紀編『ポーランド声楽曲選集 3 カルウォーヴィチ歌曲集 (ポーランド声楽曲選集 3)』ハンナ、2016年。

4 平岩理恵、小早川朗子編『ポーランド声楽曲選集 4 モニューシュコの家庭愛唱歌集() (ポーランド声楽曲選集 4)』ハンナ、2017年。

 

その他

荒木勝『匿名のガル年代記』麻生出版、2014年。

 

 

当時の貴族がその後どのように社会に溶け込んでいくかは、以下のエッセー参照:

 

田口雅弘「現代に息づく貴族の伝統」(シンポジウム「ポーランドの貴族とその社会 華麗なる文化と伝統の源を訪ねて―」)

http://www.forumpoland.org/taguchi02