ポーランドは西欧文化圏に属する。そして、ポーランドの文化レベルは相当に高い。8年制の義務教育が行き渡り、文盲率は極めて低い。高等教育も長い伝統を持つ。クラクフのヤギェウォ大学は1364年創立と、中欧ではプラハのカレル大学に次いで2番目に古い大学で、コペルニクスもここで学んだ。
文化を生み、支える重要な要素に、宗教がある。寛容の精神は13世紀にユダヤ教徒を受け入れ、プロテスタント勃興の時代にもカトリック信者とのあいだに大衝突を経験しなかった。ポーランド国民の90%以上がカトリック信者とされる。小説や映画でも、神と悪魔、キリスト教倫理と人間の葛藤などが、主題として、またモチーフとしてしばしば描かれる。政治・社会的には、共産主義という重しがのしかかっていた時代、教会は体制の支配に抗する勢力として、国民の心の拠り所であった。民主化の後は、重しが取れたことと、教会側の右寄りな発言が目立ち始めたなどから、権威にいささかの翳りが兆した。とはいえ、カトリックの信仰は民衆の生活に深く根づいており、クリスマスや復活祭をはじめとする様々なキリスト教の行事は、日本の盆と正月のように生活の一部で、旧政権でさえ尊重した。その意味でポーランドは間違いなくヨーロッパ文化圏の一部をなす。
高い文化水準が一朝一夕に出来上がるはずはない。ポーランドは、バルト海から黒海までの広大な領土を支配した中世以来の、素晴らしい文化伝統を誇っている。ロシア、プロイセン、オーストリアの3国に分割されて地図上からポーランドの名が消えた時代にも、この地から詩人ミツキェヴィチ、作曲家ショパン、科学者キュリー夫人らが生まれた。このショパンとキュリー夫人にコペルニクス、ローマ法王ヨハネ・パウロ2世、ワレサ前大統領を加えた5人が、日本で最も著名なポーランド人というところだろう。もっとも、彼らがポーランド人と知らない人も多いかもしれない。以下、文化・芸術の分野で日本人になじみのあるポーランドの名前を紹介しよう。
「乙女の祈り」という世界じゅうに知られた可憐でポピュラーな曲がある。1856年にできたこのメロディーの作曲者がワルシャワ生まれの女性テクラ・ボンダジェフスカと知る人は少ない。「タンゴ・ミロンガ」は南米の曲ではない。同じくワルシャワに生まれ、20年足らず前に死んだペテルスブルスキと名乗るポーランド系ユダヤ人だ。次に文学。1996年度のノーベル文学賞をポーランドの女流詩人ヴィスワヴァ・シンボルスカが受賞したのは記憶に新しい。ある程度の年代の方なら名作『クォ・ヴァディス』のシェンキェヴィチをご存じだ。この両者の他に長編小説農民レイモントと一方、SFファンならば、『ソラリスの陽のもとに』のスタニスワフ・レム。単なる空想科学小説にない彼の哲学的な深みに国際的人気が高い。他にも優れた作家は多く、作品の邦訳も意外に少なくない。
再び音楽に戻る。さすがショパンの国、古くは首相も務めたパデレフスキ、新しいところではツィメルマンと、ピアニストに人材が多い。5年に1度ワルシャワで開かれるショパン・コンクールからは、上述のツィメルマンをはじめ多くの世界的演奏家が世に出た。日本人ピアニストが多数参加し、客席にも日本人が目立つ「日本人好みのコンクール」としても知られる。ヴァイオリンのヴィェニァフスキ・コンクール(開催地ポズナン)も権威が高い。作曲家では、現代音楽のペンデレツキ、ひところ「交響曲第3番」がブームになったグレツキらがあげられる。
絵画では、日本まで名の聞こえた画家はいないものの、グラフィック、特にポスター美術の独創性で世界的に知られており、日本の中学校用美術教科書に何度もポーランド人の作品が取り上げられている。(武井摩利)